Give you, and give me!
城に務める以上、祭日に休暇を貰えないことは皆良くわかっているため、その前後に休暇を願う者が多い。建国式に出席する来賓が来るまではいつもより閑静な城内、セレンはいつものように執務室に篭っていたのだが、にわかに廊下が騒がしくなった。
何事かとセレンが顔を上げれば、扉の前に立っている兵士がノックをして「ラベイ第一分隊長がいらっしゃいました」と伝える。セレンは机を離れ、自ら扉を開けた。
「第一分隊長ラベイ・インデ、只今戻りました」
思わずセレンは言葉を失う。元々が兵士のために引き締まった身体つきをしていたが、加えて日に焼け筋肉の増えたラベイは、年以上の貫禄を備えていた。
「遠路ご苦労様でした」
とりあえず中に招き入れ、端に設えられたソファを勧める。飲物はと尋ねると、結構という答えが帰ってきた。セレンは向かいに腰掛けて、ルチルの言った通りすっかり逞しくなってしまったラベイをまじまじと見つめた。
「しかしラベイ殿、何故こちらに? 貴方が戻るのは視察の時、陛下と共にという話でしたが」
セレンの問いに、ラベイが眉を上げた。
「先日陛下があちらにいらした際、丸1週間の休暇をくださると仰られたのです。ご存知ありませんか?」
あの野郎、と心中思わず悪態をつく。ラベイにも家族はいるし、セレンとしてもかなりの苦労を押しつけてしまったという引け目があるから、できるならば建国式の後にでも早めの休暇を与えようと思っていた。だからラベイを休ませることに異論はないが、その間向こうの責任者は誰になるのかといった相談も無しに勝手な真似をしたイオに腹が立つ。
「陛下もお忙しいようでしたので、伺っておりません。向こうは順調ですか」
イオは後で問い詰めよう、と腹に決め、セレンは話題を変えた。ラベイが大きく頷き、「予定より早く仕上がるやも知れません」と答える。
「慣れてしまえば大工仕事も農作業も楽しみが見えてきます。兵士は国を守るものですが、改めて守るべきものを認識した思いですよ」
そうですかと相槌を打ち、そわそわとしているラベイに気付く。
「長い間ご苦労様でした。どうぞゆっくり休んでください」
辞するように促すと、ラベイが深く頭を下げ、立ち上がった。
「陛下に、本当に感謝している旨をお伝えください。娘の誕生日に間に合ったのは3年振りなんですよ」
先程伺った時にはいらっしゃらなかったので、と付け加えて部屋を出ていくラベイを、セレンは立って見送った。
「そっか、間に合ったか。確か今日だもんな」
娘さん喜ぶだろうな、とソファに仰け反るイオを立ったまま眺め、「ご存知だったのですか」と問い掛ける。壁際には例の如く、スイが控えていた。
「誕生日を? ああ、だって娘さん生まれたのが6年前でさ、あん時のラベイの喜びようったらなかったよ」
当時を思い出したのかイオが1人笑う。それからセレンを振り仰ぎ、「勝手なことしてごめんな」と謝った。
「俺も思い出したのが向こう行った時だったからさ」
「他者への思いやりが陛下の長所であると存じます」
厭味かよ、とイオが笑い、身体を起こして肘を背もたれにかける。
「セレンもさ、明日休んじゃえよ。1日くらいいなくたって平気だからさ」
スイの目が一瞬輝くのが目の端に映った。な、とイオが重ねていう。
「アンバーは式の後に家帰るけど、お前自分の休みとか取ってないだろ」
きらきらと輝く蒼い目に、セレンは大きくため息をついた。
「……慎んでお受けさせていただきます」
何故か喜ぶイオに、けれどセレンは「但し」と釘を刺す。
「休みをくださるのであれば、式の後にしていただけますか」
なんでだよと不審げなイオに、セレンは「アンバー殿とは別の時期に」と付け加える。
「だったら2回休めばいいじゃん」
「後で苦労するのは何故か私ですので」
にっこり笑って返してやれば、イオはそれ以上何も言わなかった。セレンがイオの部屋を辞する時に、スイの口端がわずかに吊り上っていた。
***
モーヴの宰相を皮切りに、イローネやレグホーンといった馴染みの国々からの客人を迎えるにつれ、城内に活気が戻ってきた。それどころか、皆どこか楽しげな様子で城全体の雰囲気が明るくなっている。廊下の隅でくすくすと笑い合う給仕や掃除係、仲間からつつかれている若い兵士に、セレンは幾度となく場を弁えるよう注意を促さなければならなかった。
「だってセレン様、建国記念日ですよ」
セレンの遅い昼食に合わせたかのようにして掃除を始めたトリカが、窓を開けながら言った。秋の涼しい風が執務室に舞い込み、カップから立ち上る湯気を吹き消していく。
「そりゃ皆、どうしたってうきうきするじゃないですか。特に女の子はね」
くすくすと笑うトリカは苦手だ。“Artos”の、ロゼやビスカのような女共を彷彿とさせる。そういえば去年もこんな風だったな、と“Artos”の居間を思い出し、セレンはうんざりとした。
薄紫の紐で結んだ贈り物は目上の人に。緑は家族に。青は友人に。それから赤は想い人に。誰かが赤い紐を買った、なんて知らせが舞い込んだ日には大騒ぎだった。
「セレン様だって、赤い紐の贈り物、あげたい人はいないんですか?」
からかうように言われ、セレンは笑って「さあな」と答える。毎年緑の紐は用意したが、赤い紐は手に取ったこともない。贈られたり、贈ったりしているのを見ていただけだ。
「じゃあこれは私からの贈り物です」
掃除をさっさと終えたトリカが、エプロンのポケットから薄紫の紐で括られた小さな包みを取り出した。
「私は明日からお暇いただいたので、今渡しちゃいますね」
どうぞと差し出された包みを受け取り、促されるままにその場で開ける。転がり出たのは飾り気のない髪留めだった。
「ありがとう。でも私は何も用意していないぞ」
「ちゃんと頂きましたよ、黄色の紐が添えられたのをね」
片目を瞑って笑うトリカに、「そうだったな」と相槌を打つ。休暇許可書は黄色の紐で閉じられていて、それにはセレンの判が押してあった。失礼しますと一礼したトリカを見送り、セレンは温くなった紅茶を啜る。これでもういくつめになるだろうか。毎年毎年イリスがくれたものに、“蛇”が土産で持って帰ってきたもの。もう片手で数えるのに余る数だ。今手元にある髪留めは、たまたま近くにあった紐程度だったけれど。
今は髪染めの色も落ちてきていて、セレンがフードを外すことはない。精々浅く、仮面がちらつく程度に被るくらいだ。それでも髪を括ってしまえばフードの中は快適になったし、使っていた紐は擦り切れてきてしまっていた。
後でつけるかと、深い緑色をした髪留めを手のひらで転がし、セレンはサンドイッチにかぶりついた。
'09/04/14
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