ThE eNd AnD tHe StArt.







 イオの審議が行われる日は、生憎の雨天だった。広間の両脇には兵士がずらりと並び、玉座には相変わらず顔色の悪い王が穏やかな表情で座っている。そこから一段下がったところにジャカレーとケイル、その他重役達が厳しい面持ちで並び立っていた。セレンは真新しい、イリスが縫ってくれた白地に金の縁刺繍が入ったフードマントをしっかりと身体に巻きつけて、広間の外から兵士たちの影に隠れフォッシルの横で中を窺っていた。

 イオが拘束されて3日目、窓の外から頭を逆さに突き出したセレンに、イオは驚く素振りすら見せなかった。中に兵士がいないのはルピを使って確認済みだ。
「よう」
 片手を挙げいとも平然と挨拶をするイオを無視してセレンは一度頭を引っ込め、数分後暖炉の中に足から降りた。手を払い、閉められた扉を確認し、イオを見る。イオは椅子に座っていた。何かをしていた様子もない。ただ座っていたのだろう。
「超暇だった。ここ誰も来ねーし外の奴らは話し掛けても無視だし」
 一応は気を遣っているのだろう、小声で言うイオの近くに寄ってセレンは座ったままのイオを見下ろした。
「審議は来週だ」
「聞いた。でさ、即位早くするのってどうよ」
 セレンは黙ったままイオを見た。イオはいつも通りの蒼い目でセレンを見上げている。数秒後、セレンは身体を折り曲げ笑い声を押し隠した。
「審議の日だろ」
「話早いな」
 に、とイオが笑う。同じ事を考えていたのだ。捕らえられたのは一昨日だというのに、焦ることもなくこの男は。
 セレンは机に寄りかかり、腕を組んだ。ルピがするりと足を伝って肩に乗る。
「そんなことだろうと思った。アンバーにはもう伝えてある。審議の日、大勢の前で即位だ。見物だな」
「今じゃ城の殆どの奴は俺らの味方だ。いくらでも手は貸してくれる。問題は」
 イオが一旦言葉を切り、セレンを見た。いくら城の中で認められても、民が認めなければ王は成り立たない。
「任せていいか」
「集めてはやる。後は自分でやれ」
 城門前に民を集め、イオ自身が民に自分が王だと認めさせる。人を集める方法は既にセレンの頭にあった。
 真面目な表情のイオは中々見れる顔だとセレンは思った。普段のへらへらとした苛つく表情とは比べ物にならない。表情ひとつで人はこんなに変わるのか、とセレンは考え込んでいるイオを見下ろした。
「審議は多分大広間だ。中には検隊が入るだろうから、外の警備はアンバーに手を回させる」
「お前は中、アンバーは多分中でケイルの横につくだろう。けど外に出される可能性もある。お前とあいつが仲良いのは周知だ。妙な真似をしないとも限らない」
「アンバーも広間の外だろうからお前はアンバーと一緒に外で待っていればいい。フォッシルにも一緒にいてもらおう。アンバーは、親父さんが来てくれれば問題ない。親父さんは絶対広間の中だからな」
 広間の中、審議会場にはイオと王、ジャカレー、それに前ケイルであるアンバーの父。広間の外にはアンバーとセレン、それにフォッシル。役者は揃う。
 イオの場合はカイアナイトがなるとして、即位の時にはケイル候補ディアノイア候補ともに身元保証人が必要となる。それがセレンのはフォッシル、アンバーのは彼の父親がなると前々から決めてあった。
「やっぱ派手に行きたいよな、こう、ばーんって扉を開けてお前等が入ってくるとか」
 まるで誕生日前の子供のようにはしゃいだ様子のイオに、セレンはどこか違和感を覚える。何か我慢をしているように見える。
「ジャカレーは、どうするんだ」
 ずっと聞きたかったことを、セレンは敢えて今イオに問うた。即位して、イオが王になり、人を裁く権限を持つ。その時イオはジャカレーを、親の仇をどうするのか。
 ヘリオットに死刑は存在しない。極刑は終身刑か、全てを剥奪した上での生涯追放と決まっている。人殺しの場合はまず間違いなく終身刑だ。すぐに死ぬことはない。
 セレンの問いにイオは笑い顔のまま動きを止め、それからすぐ笑みが消えた。視線はじっとセレンのつま先を向いている。とても長く感じた間の後、顔をあげたイオはいつもの緩い表情を浮かべていた。
「普通に極刑だろ」
 何言ってんだよ、と笑うイオに、セレンは重ねて「それでいいのか」と尋ねた。
「いいも何も、俺はあいつが嫌いだし許す気もないよ。二度と顔も見たくない」
 いつも通りのはずなのに、何処かイオの言葉には触れてはいけない何かがあった。黙りこむセレンに、イオは立ちあがって背伸びをした。
「そこらへんはさ、俺の好きにさせてよ」
 お前らが何言ったって好きにするけどな、と付け足して笑うイオはいつも通りのイオだった。
 暖炉の中に戻るセレンを、イオが立ったまま眺めている。
「準備は俺らで何とかする。しっかりやれよ」
「ずっと聞きたかったんだけどさ、お前ら急に仲良くなったよな」
 何があったんだよ、と尋ねるイオに、セレンは口端だけの笑みを返して煙突へと消えた。

 緊張の中でも好奇の視線でセレンを不躾に観察する兵士達を無視し、セレンはアンバーを見上げた。正装のアンバーは、先ほどから窮屈そうに襟を広げようとしている。
「そうしてると立派に見えるな」
「相変わらず怪しい格好しやがって」
 じろりと金の両眼がセレンを見下ろした。言葉とは裏腹にその表情は固い。少し安心してセレンは小さく息をついた。
 中ではジャカレーがイオの罪状を読み上げている。相変わらず王の顔色は悪いが、いつもと変わらない穏やかな表情を浮かべている。こちらに背中を向けたイオの表情はわからないが、きっと兄弟仲良く同じ表情なのだろう。
 待ち望んでいた日だというのに、いつもと変わらないように感じた。確かに緊張はしている。なのに、奇妙なまでに落ち着いていた。雨の音が耳に染み渡る。
「……以上がアイオライト・ライツ・ヘリオットの罪状である。これは極刑に値するものとし、直ちに第1級監獄へ連行すべきだとする。異議はあるか、アイオライト殿」
 ジャカレーの声が、しんとした広間に、その外にまで響いた。アンバーと目配せをする。中で王の、細いが凛とした声が響いた。
「私からひとつ、いいかな」
 アンバーの手が、おそらく無意識なのだろう剣の柄を掴んだ。兵士達が頷き合い、扉の取っ手に手を掛ける。
「これは弟であるアイオライトが私を殺害しようとした、という咎の元行われた審議であるが――私にはどうも納得がいかない」
「と、おっしゃいますと」
 ジャカレーが人を威圧する声音で王に聞き返した。その返答ひとつ取っても、セレンには“らしく”ないと感じた。
「これは私を殺そうとした者を裁く場であって、その意志のない者を裁く場では決してないと言ってるんだ」
 大きな扉が、重く軋む音を立ててゆっくりと開いた。広間中の――イオと王を除いた全ての視線が、入り口に立つアンバーへと注がれた。
 アンバーが実に堂々とした様子で玉座の方へ真っ直ぐに歩いていく。イオの横に立ち、アンバーが王に一礼した。それからアンバーはジャカレーに頭を向ける。広間の入り口で、セレンはその様子をどこか現実味の褪せたまま眺めていた。
「立つ場所が違うんじゃないか、ジャカレー」
 この計画について、セレンはアンバーと細かいことは何一つ打ち合わせていなかった。決めたのは、今日この日に即位を行うこと、ジャカレーに王殺害未遂の証拠を突きつけること、このふたつだけだ。大切な、失敗の許されない計画だけに、セレンは2人が前々から立てていた計画に手を加えるべきではないと考えた。
「口を慎め、アンバー・コルテ・ブルト。ここを何処だと弁える」
 ジャカレーは高圧的な口調でアンバーを見下ろした。今でこそ段差があるため見下ろせているが、同じ高さで立てばアンバーの方が大きいのだろう。
 ジャカレーは落ちた。今実際にこの目で見て、セレンはそう確信した。ジャカレーには以前の切れも恐ろしさも何もない。ただの老人に成り下がっている。
「先王殺害に加え現王殺害未遂。どうせアイオライト王子のことも、牢に入れた上で殺す気だったんだろう」
「根も葉もないことを。誰か早くこいつを連れていけ。後で然るべき処罰を与えろ」
「それはないんじゃないかジャカレー殿。こいつは実に興味深いことを言ったように感じたが」
 アンバーの父、ヴェルデライトが1歩前に出た。巨きい。セレンの位置からでも、ヴェルデライトライトの存在感は圧倒的だった。
「生憎ここは公だ、ヴェルデライト殿。貴公の家ではない故に、彼は城の規則に則り罰せられるべきだ」
「そしてそれを決める権限を持つのは私だ、ジャカレー。アンバー、続けなさい」
 穏やかな、けれど有無を言わせない口調で王がアンバーを促した。ジャカレーはまさか王が自分に逆らう、いや自分の意見を述べるなどとは考えていなかったのだろう、驚きを隠しきれない表情で王を見つめている。
 アンバーが王にひとつ頷き、続けた。
「仮にお前が先王を殺害していなかったとしよう。だが現王に毒を盛ったことは揺るがぬ事実だ」
 誰も、何も言わなかった。皆一様に驚きや不安の表情を浮かべている。ただ1人、ジャカレーは平静を取り戻したように見えた。
「とんだ言いがかりだな。私は常に王の容態が良くなるように祈ってきたし、少しでも王の負担を減らす為と思い我が身を削ってまで王に国に尽くしてきた」
「確かに毒ではないだろうね、ジャカレー。けれど可哀想なストーネは自分のやっていることに気付き、そして耐えられなくなったんだ」
 明らかにジャカレーの顔色が変わった。王は続ける。
「彼は君の言葉をずっと信じていたんだよ。あの薬が私の身体を良くするのに役立つと。毎月君がくれるあの粉を、私のスープに毎日欠かさず混ぜてくれたんだ。けれど彼は、私と同じ病気に苦しむ母上にこっそりこっそりあの粉を分けていた」
 ジャカレーの顔は今や蒼白を通り越し能面のようになっていた。
「一月で気付いたと言っていたよ。急に母上の容態が悪くなり始めたのにね。私そっくりになっていったと。そう泣きながら私に話してくれた」
 今やイオもアンバーの横に立っていた。ジャカレーが何の感情も浮かんでいない顔で、王、アンバーそれにイオの顔を見比べている。
「誰か彼を牢へ連れて行ってくれないか。後日じっくりと話をしたいのでね」
 その王の言葉に、セレンの横に立っていた兵士2人が広間の中へ駆け入ってジャカレーの横に立った。内の1人は顔面蒼白で呆然としているケイルの横に立つ。ジャカレーは抵抗する素振りも見せず、前だけを見て兵士に従って広間を出ていった。ジャカレーが扉を通る時にセレンは扉の影に身を隠したが、何故かついさっきまで感じていたのとは違う“何か”をジャカレーから感じた。
 さて、と何処か呆気に取られた様子の皆に王が注意を促した。
「今日集まってもらったのは何もジャカレーを捕える為ではない。実は弟に王位を譲ろうと思ってね」
 先程は一言も発しなかった重役達が、今回初めてどよめいた。フォッシルがセレンの肩に手を置く。見上げ、セレンは小さく頷き広間へ足を踏み入れた。
「今急に思い立った訳ではないよ。前々から決めていたことだ。ご存知の通り私は身体が弱い。その所為で執務に支障をきたし、ジャカレーのような輩をのさばらせる結果ともなってしまった。それに引き換え弟は実に健康で、聡い。正直言うと私は即位する前から弟の方が余程王に向いていると思っていたんだ」
 1歩進む毎に視線が集まるのが嫌というほどわかった。真っ白のフードマントに身をすっぽりと隠したセレンはただでさえ異様だ。それが城の広間のど真ん中を進んでいる。だからセレンは前だけを、イオとアンバーだけを見て進んだ。
「何もこのような時にそんなことを決めなくてもよろしいのでは」
 記録官がペンを片手に王を見上げた。王はそれに向かって微笑し、「もう決まっていたことだ」と答える。その時初めて広間の中にいた兵士達がセレンに向かって剣を突きつけた。フォッシルは何時の間にかセレンから離れ、立ち並ぶ重役達の間を縫ってヴェルデライトライトの横に立っている。今度こそ、広間中の視線がセレンに集まった。
「何者だ」
 一番若い兵士がセレンの胸の前に剣を突き出し、威嚇するように言った。
「これより戴冠式を執り行う。私カイアナイト・ライツ・ヘリオットは――」
「陛下、この者は」
 何事もなかったかのように口上を述べ始める王に、もう1人の兵士が慌てたようにそう言った。セレンは目の前の剣を眺め、手で押し退けるとイオを挟んでアンバーの反対側に並んだ。尚もセレンに寄ろうとする兵士を王が視線で止める。
 皆王の雰囲気に飲まれたかのように、王が口上を述べるのをただ黙って聞いていた。
「――この者が我等が国をより豊かにすることを願い信じ、アイオライト・ライツ・ヘリオットに我等が国の王位を与えたい」
 イオが前に進み出て王に一礼し、広間を振り向く。アンバーがイオの前に進み出てその前へ跪いた。イオがぐるりと広間を見渡し、口を開く。
「私アイオライトは我が剣ケイルとしてアンバー・コルテ・ブルトを迎えたい。この者を保証するものはいるか」
 ヴェルデライトが1歩前へ出た。
「この者の優れた剣技を疑う者はありません。国を守る要として必ずやこのヘリオットに貢献するでしょう」
 イオが頷き、王を振り向く。王もイオに頷き返し、広間に問うた。
「私はアンバー・コルテ・ブルトがケイルに値する者として認める。異議のある者は前へ出よ」
 再びざわめき出す広間の中、1人の男が「陛下」と呼び掛けた。
「何故今このようなことをお決めになられるのですか。今はディアノイアの処分について検討すべきかと」
「私は、この者がケイルに値する者かどうかを訊いている」
 微笑を浮かべたまま言う王に、男は「しかし」と食い下がった。
「確かにアンバー・ブルトがケイルになることを否定する者などおりますまい。けれど」
「決めたことだ、ラベイ」
 ラベイと呼ばれた男はまだ何か言いたげだったが、王の微笑みの前に言葉を失ったようだった。
 静まり返る広間をもう一度見渡し、王は「ではこの者をケイルとして認めよう」と宣言した。「次に」とイオがセレンを見る。それと同時に広間中の視線がセレンに集まった。
「私アイオライトは、考える者ディアノイアとしてこのセレナイトを迎えたい。この者を」
 一度は黙ったラベイが、今度こそ堪えられないと言った様子で「陛下」と声を張り上げた。
「まさかこの得体の知れない者をディアノイアに据えようとおっしゃるのですか。アンバー・ブルトは成る程、その実績家柄共にケイルとなるのに相応しいでしょう。けれどこの者は」
「異議があるのなら然るべき時にて発言願おう」
 王の言葉にラベイは一旦言葉に詰まり、セレンを睨みつけた。今まで好奇の視線を向けていた者もつられたようにセレンに不審と警戒の視線を向ける。イオは気にする様子もなく「この者を保証するものはいるか」と呼び掛けた。フォッシルがヴェルデライトの横で1歩前に出た。立ち並ぶ人々の中にはまるでフォッシルを初めて見たかのような顔の者が多かった。
「この者の優れた頭脳、多大な知識は必ずや新たな王の、そしてヘリオットの為となりましょう」
 イオがフォッシルに頷き、それからセレンと視線を合わせた。ほぼ同時に頷き合い、王が口を開く。
「私はセレナイトがディアノイアに値する者として認める。異議のある者は前へ出よ」
 待ってましたと言わんばかりにラベイが「正気ですか」とセレンを指差した。
「こんな、顔も見せようとしない得体の知れない者をディアノイアにだなんて、何か起きてからでは遅いのですよ」
「この者があのウィスタリアの間者でないとも言い切れないではありませんか」
「納得できる素性を明かしていただきたいものですな」
 触発されたように次々と非難の声が上がった。王はそれをじっと目を伏せて聞いている。アンバーがすくと立ちあがり、ラベイを睨みつけた。
「ディアノイアになるのにもケイルになるのにも、家柄だのなんだのは関係ないだろう。立派な家柄なら立派な人間だと言い切れるのか」
 たった今さっきのことを思い出してみろ、と吐き捨てるように言ったアンバーに、広間は再び静まり返った。それを見計らい、王が口を開く。
「私はこのセレナイトがどういう人物かを知っている。それだけでは不満か」
 そういう言い方をされて、正面切って反論できる者は少ない。穏やかな王の蒼い両眼に見つめられては尚更だ。それでもまだ人々は、囁き合いながらセレンを睨んでいる。
 イオが一際大きな声で囁き合っていた2人を振り向いた。
「文句があるなら直接言え。少なくとも俺は、お前等のように人の顔色を窺ってこそこそしているような奴をディアノイアにする気はない。俺は自分の目で見て、直に話してセレンをディアノイアにすると決めたんだ」
 黙り込んだ2人から、イオが広間を見渡す。途中でセレンと目が合い、イオが微笑んだ。
「俺は、俺のディアノイアになるのはセレン以外にいないと思っている」
 イオの静かな迫力、もっと当てはまる言葉を使うのなら威厳に押された広間は完全にイオの雰囲気に飲まれていた。無理もない、とセレンは思う。奔放で取るに足りないとなめきっていたイオが今初めて、王族だったのだと思い知らされているのだ。
 それは今までの印象を根底からひっくり返す、まさに言葉も失うような驚愕。自然と抱かせられる畏敬。
 王が小さな笑みを浮かべ、「ではこの者をディアノイアとして認めよう」と言い、立ち上がるとイオの前に立った。誰も何も言わない。何も言えない。その中心でイオの頭に、ヘリオットの支配者を表す王冠が乗せられた。

 何もかもが現実味がなかった。あまりにも拍子良く進み過ぎて、セレンは逆に不安になった。
 こんなにも容易く為政者は変わる。変える事だけなら今のようにすぐにできる。カーフ達に頼み集めてもらった民達に、カイアナイトの横に立って告知台から話し掛けるイオを、セレンは柱の影に隠れアンバーと見守っていた。
 アンバーがちらりとセレンを見た後、視線を逸らしてから「びびってんのか」と呟くように言った。更にその後ろに控える兵士達には聞こえぬように。
「誰が」
 一笑してそう言い返せば、アンバーが今度は顔ごとセレンの方へ向けた。
「じじい共黙らせんのは簡単だ。あいつらにゃ止めることなんざできやしねー。大変なのはこれからだ」
「わかっている」
 そう、わかっている。手すりに身を乗り出すようにして眼下の民に訴え掛けるイオを見るともなしに眺め、セレンは意識を後方で事の成り行きを眺めることしかできなかった重役達に向けた。
 アンバーは元からの人望が、特に平民出身の兵士達から篤い。イオも、中、下級の役人達や兵士達からは慕われている。問題は後ろに控えている年寄り共だった。
 いくら人々に好かれ信用されるのが為政者の第一だとしても、発言力を持つ者どもを押さえることができなければ良い政治は行えない。
 それを押さえるのが自分の役目だとも、セレンはわかっていた。すでに打てる手のいくつかは打ってある。多少手荒い方法だとしても、そのくらいでなければ周りを黙らせられない。
 やるからには全力で。ディアノイアになることを受け入れた時、セレンは同時にそう決めたのだ。
「あいつは問題ないみてーだし」
 珍しく緩んだ視線でアンバーがイオを見る。群集の歓声に手をあげて答えるイオの顔はきっと満面の笑みを浮かべているのだろうと考えながら、セレンは横目でアンバーを見た。
「後は俺達次第だろ」
 に、と笑えばアンバーは同じ笑みを返した。



'08/04/02


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