争いも諍いも嫌いな少年が兵士になった訳






 ユナには妹と父と母がいた。母は父が連れてきた。物腰柔らかで、滅多に怒ることがなく、とても綺麗な髪をしていた。その綺麗な髪は、いつも綺麗な髪留めでまとめられていた。母の兄がくれたのだと、いつだったか嬉しそうに話してくれたことがあった。
 父はパン屋をしていた。小さなパン屋だったけれど、近所の人が毎日楽しみにしている自慢のパン屋だった。その父を手伝って、ユナは店内を掃除したり勘定をしたりしていた。計算は自然と覚えていった。ユナが相手をした客が驚きに目を見張るのに、誇らしくなった。読み書きもできる、と言った時の顔を見るのは、もっと誇らしかった。父も母も読み書きができたけれど、ユナはもっと上手に字を扱うことができたからだ。
 ユナに読み書きを教えてくれたのは、シロという子供だった。本当にシロという名前だったのかは知らない。恐らくは違うだろう。だけれどその子はシロと名乗り、当時片手を少し越したばかりの年だったユナは、変な名前だと思いはしたものの、素直にその子をシロと呼んだ。
 シロは読み書きも計算もできた。たくさんの物語を知っていた。どうして読み書きを教えてもらうようになったのか、その経緯は覚えていない。けれどユナは確かにシロから読み書きを教えてもらったし、教えてもらったことを後に妹にも教えた。『知っている』ということは、それだけ沢山の選択肢があるということなのだとシロがぽつりと漏らしたことがあったし、実際父が死に母が倒れた時に身に沁みたからだ。
 ユナはその時14だった。妹は12になったばかりだった。しばらく、母の具合が良くなるまでは店を閉めることになった。お得意さまには惜しまれたけれど母に無理をさせる訳にはいかず、ユナと妹だけでは店の切り盛りは難しかったからだ。けれど稼がなければ自分たちは生活していけなかった。
 そんな時、母の兄、と名乗る人がユナたちの家を訪ねてきた。彼はエメルドと名乗った。彼は母と沢山話をしていた。ユナと妹は、母は具合が悪いのに、と閉め出された部屋の外からずっとエメルドを睨み付けていた。
 長い長い話の後、出てきたエメルドの表情から、母に何かを断られたのだろうということを察した。妹はすぐに母の部屋に駆け込んでいった。ユナとエメルドが残された。エメルドに、話をしようと連れ出された。
 エメルドは、母を連れ戻しにきたのだと言った。血縁のないユナと妹も引き取るから帰ってきてくれと頼みにきたのだと言った。母を説得してほしいと頼まれた。ユナはその時初めて、母が貴族の出であることを知った。
 ユナは断った。母が一度断ったことならば、自分が覆せるとは思わなかった。母の頑固さはよく知っていた。
 そう返すと、エメルドは疲れたような笑みを浮かべた。それから別の話を持ちかけてきた。
 家を出ていったとはいえ大切な妹、それが困っていたら手を伸べたいと思うだろう、これからどうやって家族3人を養っていくつもりだと。
 大切な妹、それはエメルドにとってはユナの母のことであったが、ユナにとっては2つ違いの妹がすぐさま頭に浮かんだ。ユナの表情が変わったのを見て、エメルドが続けた。
「あれは母、君にとっては祖母にあたる女性に似て頑固なんだ。きっとこの先も、生家に助けを求めるような真似は決してしない。しかし私は力になりたいんだ」
 そして提示された案は、ユナにとっても魅力的だった。


11/01/27


(そうして俺は城に入ることになりました)
(争うことは嫌いです)
(けれど護る力が欲しかったのです)

本編の3年後の話